三つの循環固有名
THREE CIRCULAR PROPER NAMES
(A SYNTHETIC SINGLE-SEQUENTIAL CIRCULAR PROPER NAME)
(A SYNTHETIC MULTI-SEQUENTIAL CIRCULAR PROPER NAME)
(A SYNTHETIC CROSS-SEQUENTIAL CIRCULAR PROPER NAME)
1997 Furuya Toshihiko


序 循環固有名について

 三つの循環固有名では、アラビア数字、ラテン文字、平仮名文字の三種類の文字体系による、三つの非常に長い環状の名前が、別々に約十メートルほどの透明な帯状のフィルムに定着されている。文字の配列は、特殊な演算で擬似乱数を発生させる電算機が自動的に決定している。三つの循環固有名は、アラビア数字、ラテン文字、平仮名文字が、各々異なった仕方で振幅を伴い、帯状に構成されて、全体として環状の構造を作っている。三つの文字体系は、アラビア数字が十通り、ラテン文字が二十六通り、ひらがなが四十六通りの文字を使用しており、各々の文字の種類の数がそれほどかけ離れていないことと、冗長性を全く加味していないことから、統計的には共通の性質を帯びている。しかし、たとえ全く意味を持たず、冗長性すら持たない記号連鎖であっても、連鎖をたどる認識の構造は全体として、各々が特異な性質を帯びる。それは、さしあたって、一次元の線状性が作り出す位相的構造の振幅として現れ、その振幅の広大な領域を経て、最終的には、偶然性の虚構とその虚構性の審級を際限なく保留する決定の連鎖へと行き着くのである。三つの循環固有名は、始まりも終わりもなく、決定の連鎖を全体として閉じる別の階層の決定によってのみ成立している。文字の機能の機械的拡張は、このように一種の奇形的な方向へと限りなく逸れていくが、最終的な決定の連鎖の決定において、これらの記号連鎖は、固有名として、正当化される。決定の連鎖の決定は、意味や冗長性といった通常意識される記号の機能より以前に、またそれらの根底のそのまた背後に、それらよりも遥かに強力に、あらゆるものを巻き込みながら、記号を即物的に存立させ、物質性そのものを現出させる機能を唯一担っているのである。

一 アラビア数字による合成単一連鎖性循環固有名について

 一つ目の循環固有名であるアラビア数字の名前は、約五十万桁の一本の環状の連鎖が上下に折り返しながら帯状になっている。アラビア数字を十進数の数の体系として扱う場合には、右から順番に桁が増えていくが、各々の桁に位の上下があり、全体として一つの記号を構成していると考えなければならない。たとえば五十万桁の数は、十の五十万乗個の記号の一つとみなされるが、それは、位の上下を確定できるという条件を満たさなければならない。アラビア数字を十通りの文字の体系として扱う場合には、左から順番に桁が増えていき、各々の桁には位の上下はなく、それによって構成される全体は、ラテン文字や平仮名文字と近い統計的性質を帯びてくる。循環固有名は、記号の連鎖が環状の構造を持っていて桁の位の上下が設定できないという性質上、アラビア数字を使用した場合でも、十進数の数ではなく文字の体系であるということが確定できるため、アラビア数字を記号連鎖として他の文字記号から自律させることが可能になる。ただし、元々意味や冗長性による制限がないアラビア数字の文字体系は、線状構造としても特定の方向性を持っていない。従って、その振幅は、線状性を維持するためには、さしあたって一本の線にまで制限される。しかし、構造が単純なため、全体の振幅がかえって高い自由度と安定性を兼ね備えているので、情報量の面で最も密度の高い固有名を作ることができる。

二 ラテン文字による合成多重連鎖性循環固有名について

 二つ目の循環固有名であるラテン文字の名前は、およそ幅百桁、長さ一万桁の環状の枠内で多重に分岐と合流を繰り返す連鎖が、左から右へと連なりながら帯状になっている。ラテン文字の場合は、文字連鎖が線状構造として位相的な方向を持っているので、左から右へという方向を前提にすることができる。一つの方向性を持つ以上、その方向性の中で、振幅を広げることが可能になる。ここでは、連鎖が上下に折れ曲がる向きと分岐点とを四通りの記号によって現し、乱数で配列した裏の記号連鎖として、ラテン文字の各文字に対応させ、最終的に現れる振幅の形としてのみ使用している。この分岐と合流によって、確かに、単一の連鎖性は失われている。ただ、いくら分岐と合流を重ねても、連鎖をたどる認識は、多少迷う程度で、左から右への一つの方向性は、維持されている。このように、文字の位相的な振幅は、全体的な一つの方向性の制限のもとで、特異な連鎖の形を発生させる。このことは、文字連鎖の機能一般が、意味や冗長性などの隣接関係に関わる統計的な制限によるものだけではなく、連鎖構造の線状性に特有の振幅の制限によっても発生することを現している。すなわち、ラテン文字の左から右へという方向は、それ自身が多重分岐という一つの機能を含んでいる。そして、多重分岐する循環固有名は、一周の後に、分岐の回数分だけ周回を重ねた情報量を持つことになる。

三 平仮名文字による合成混交連鎖性循環固有名について

 三つ目の循環固有名である平仮名文字の名前は、およそ幅百桁、長さ一万桁の環状の枠内に、一片が四文字四方の格子状の連鎖が埋め尽くされて帯状になっている。平仮名文字は、上から下、左から右、右から左という三つの方向性を持っているので、縦横を混交した連鎖が可能になる。左右の方向には逆行も可能で、上下の方向性も含めたある歴史的な背景によって分離された三つの方向が、奇妙な虚構性を帯びている。この混交の内部には、閉じ込められた迷い道がほぼ無数にあり、半永久的に連鎖を完結できない流動性を含んでいる。連鎖の複数の方向性は、もはや、意味や冗長性を除いたときにかろうじて現れる振幅の全体の形などではなく、それ自身が、いわゆる意味として認識されるような要素を作り出してしまう。この場合に、はたして平仮名文字が固有名を構成する文字体系として妥当かという問題が生じて来る。そのため、振幅の密度をいくらか制限しなくてはならなくなる。なぜなら、意味として認識される要素は、交換体系の中で統計的な性質を帯びてきて、最終的には隣接関係に関わる統計的な制限へと還元されてしまうからである。かくして、線状性の維持と統計的制限の排除のための密度の制限によって、格子の大きさが決められる。格子の網目には、歴史的な背景や偶然的な意味が封じ込められ、その都度それらは各々の格子の内部の空白へと埋もれていく。つまり、このひらがなによる循環固有名は、内部に迷い込むことができる名前である。そして、格子状に混交する循環固有名は、莫大な数の周回の経路の分だけ、情報量を加算していくことになる。